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2007年8月15日

2007/08/15

「敢えて盆に攻める京都の旅」 : 旅立ち

半日都内をふらつき、散々潮風にもあたった後の、夜行での旅立ちであった。翌朝京都に降り立つ頃は、当然のごとく、汗だくベタベタ状態であり、すこぶる気分は悪い。こういう時は入浴しかない。早速ネットにつなぐと、あったあった。京都タワーの地下3階、早朝7時より営業している、その名も「京都タワー浴場」(^o^)。750円と、値段もそこそこで、濡れたタオルなど持ち歩きたくない旅行者のために、貸しタオル付きである。しかし・・・今時、シャワーが無いってのはアリか? 家庭だって、昨今はほとんどシャワーってモンがあるのではないか。洗面器にいちいちお湯を溜めて、何回も何回も頭にかける姿は、お年寄りには似合いだが、若者にはいかにも不釣り合いである。

若者と言えば、なぜ最近の若者は、濡れた体のままロッカールームに来るのだろうか・・・キミのせいで、床がビショビショになり、新たに入って来た人は、靴下が濡れたりして非常に不快な思いをするのだよ。そのへんの気遣い、出来ないモンかねぇ・・・いやいや、銭湯などロクに経験したことのない若者たちなのであろう。彼らの親に「きちんと躾ろ!」と文句は言えまい。家の風呂なら、しっかりした足拭きが置いてあり、普通バスタオルで体を拭くのであろうから・・・。となると、みんなで風呂に入る機会と言えば・・・そう、修学旅行である。この修学旅行の入浴というのは、実に、日本の大衆浴場入浴法を正しく伝えるための、唯一残されたチャンスと言っても過言ではない。然るに、今の学校教育ときたら・・・(^_^;)。いや、私は昔からこのあたりを大切に考えて修学旅行を計画してきましたよ。放って置いたら、やつら、バスタオル巻いて湯船に入りますからね。でも、今後さらに「入浴指導」の必要性は増すに違いないという認識を新たにいたしましたです。

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盆の京(略称) : 修行・・・

汗を流してサッパリしたところで朝食。その後、軽く時間を潰し、8:30に店開きした観光案内所で資料をGET。そこで見つけたレンタサイクルの店へ移動。開店前なのにすでに長蛇の列。15分ほど待って、9:00に店開きしたところで自転車を丸2日間借りて・・・と思ったら、ここで問題発生。私の宿泊先である、(馴染みの)東横イン四条烏丸は、自転車を停められないので、1日ずつしか貸せないと言うのだ。当然、この時期に京都に来たからには、大文字送り火をはじめとする夜間の行事に参加しなければ意味がない。そのための、丸2日間レンタル、なのである。・・・となると、これは根本的に作戦の変更が必要だ。ま、「旅は修行」が信条であるゆえ、この程度のトラブルでは驚きましぇ〜ん(^o^)。

・・・それにしても、駅前のレンタサイクルのおっちゃん、長蛇の列を、さばいていかなならへん気持ちも、ようわかりますけど、こっちが困ってるのに、対応がえらく事務的やったでぇ〜。

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盆の京(略称) : 愛車を得る!

盆の京(略称) : 愛車を得る!
とりあえずホテルに行き、荷物だけ預ける。駐輪に関しては、やはり「NO!」であり、有料駐輪場もかなり遠いと・・・。しかし私は、最後の望みを捨てなかった。駅前レンタサイクルの、錦小路北の営業所(ホテルから7〜8分)は、確かコープインと言うホテルのフロントが業務を代行していた(以前そこで借りたので知ってる)。・・・ってことは、もしかしたら、そこなら夜間でも自転車を預かってくれたりしないだろうか・・・と考えたわけだ。予想は見事的中。丸2日間借りたら、夜中でも好きなときに置き、好きなときに持っていくことが出来るみたいだ。さすがホテル! しかもフロントのおねぇさんは、駅前のおっちゃんと違って全然感じイイぞ!(←注:「全然」の用法が間違っている(^_^;) ただし、16日の夜遅くに返却するとしても、17日分の料金を丸々取られてしまう。 つまり、3日間借りなければならないということだ。 ま、何はともあれ、こうして3日間つきあうことになった相棒を手に入れたわけだ。さて、どこへいこうかな・・・

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盆の京(略称) : 六道参り

盆の京と言ったら、絶対に外せないのが「六道の辻」である。鴨川の東、五条通りの北側の、昔「鳥辺野」と呼ばれた埋葬地の入り口にあたり、あの世とこの世の境ということで、「京都魔界ガイド」などというモノには必ず登場する。しかし、おどろおどろしい雰囲気の「六道参り」も、京都に住む方々にとっては、盆に先祖を迎える「精霊迎え」から「精霊送り」まで、ごく普通の年中行事なのだろう。

とは言うものの、六道珍皇寺で小野篁や閻魔大王の像、そして小野篁が冥界と行き来した井戸などを見ると、やはりなんとも言えない雰囲気を感じる。さらに、有名な「幽霊の子育て飴」のお店なども、独特な雰囲気を醸し出す。でも、あまりの暑さに、避暑を兼ねて入ってみた「スーパー六原」などは、完全に庶民のマーケットであるし、清水焼の登り窯のある町としても、このあたりは有名だし、まぁ、そんな、「いろいろゴチャ混ぜ」な雰囲気の町なのであった。

せっかくだから、六波羅密寺で、歴史の教科書にも必ず載っているのでみなさまご存知の「空也上人像」と「平清盛像」を見た。この空也上人が行ったのが、「踊り念仏」なのであった。(その話は、あとで出てきます。(^o^)

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盆の京(略称) : 小町寺

盆の京(略称) : 小町寺
実は先日、甲府の「甲斐善光寺」に参拝した折、「小野小町像」というオバケのような像が、強烈に印象に残った。説明によれば、小野小町の百歳の時の姿とも、小野小町の内面を表したものとも言われているという。とにかく、美女として名高い小野小町とは似ても似つかないオドロオドロしい像なのであった。小野小町の晩年は謎に包まれているとか、かなり惨めなものであったという話は聞いたことがあった。しかし、あの「オバケ像」はあんまりでしょう・・・というのが、正直な感想であった。

さて今回、小野篁つながりで、小野小町にもスポットを当ててみよう。一説には、小野小町は、小野篁の妹(とも娘とも孫とも・・・)であるらしい。ホントかよ・・・(^_^;。

で、炎天下をひた走る。目指すは、晩年の小野小町がその地に流れ着いて死んだと言われる、補陀洛寺(通称「小町寺」) である。・・・が、遠い。ほとんど鞍馬って感じである。自転車も、走っているうちは、なんとか汗も乾くが、停止しようモンなら汗が流れ落ちる。流れ落ちちゃっちゃぁ、いくら汗をかいても体温は下がらない。恒温動物の私だって、変温動物となってしまう。熱中症のピンチであるっ!。

こんな時は、焦らず強制冷却である。つまり、エアコンのきいたコンビニに入るわけだ。体温調節、栄養補給、水分補給、さらに道を聞く事も出来るんだから、イイことづくめである(^o^)。到着までに2軒のコンビニをハシゴしたが、どっちもタイヘン親切に道を教えてくれた。

で、小町寺である。大きな寺ではなく、そこの集落(内原野)の共同墓地という様相であった。境内には、小野小町の供養塔や、深草小将(百夜通えば思いが叶うと言われ、九十九夜通ったところで命尽きたという悲恋の伝説(?)の人。)の供養塔などがあった。せっかく来たので、本堂の中の、「小野小町老衰像」を見せてもらった。また「オバケ」だったらどうしようかと思ったが、像は実に精巧に作られており、自らの老いを受け入れ、人生というものを深く見据えつつ、いまだ気品を失う事なき老女の姿に見えた。「これだよ、これが小野小町の老後の姿だよ!」 と、私は妙に納得してしまった。

「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに」 は、小倉百人一首で有名であるが、小野小町の辞世の句は、「我死なば 焼くな埋むな 野にさらせ やせたる犬の 腹こやせ」 であったという。 まぁ、伝説くさい感じもするが・・・。

私としては、小野小町が惨めな老後を嘆き、過去の栄光にひたりつつ、この世を恨みながら死んでいったとは思いたくない。人間、長く生きていれば、色々なことがわかるようになる。小野小町だって、波瀾万丈の人生を受け入れ、すべて納得した上での、この辞世の句であったのだと思いたい。そして、そんな私の気持ちを十分納得させてくれる、小野小町老衰像であったのだ。

・・・ってことで、ここまで来た甲斐はあった。死ぬほど暑かったけどね。帰りは下りなので、思いの外あっさりと下界(町中)に降りてしまった。

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盆の京 : 送り火を想う

「大文字焼き」と言うと、叱られるらしい。「どら焼き」とか「山焼き」みたいなイメージになってしまうからだろう。それに、「大」の文字だけではなく、「妙法」だの船だの鳥居だのがあるのだから、ここは正しく、「大文字五山送り火」と呼ぼう。・・・で、送り火は明日の夜である。8月16日だけは、ホテルがどこも満室であることから、相当な人出であることは容易に予想される。中でも究極に混み合うのは、鳥居を除いたすべてが見渡せるという「船岡山公園」であろうか。

小町寺からの帰り、たまたま船岡山付近を通ったので、ちょっと登ってみる。・・・しかし暑い。(^_^;)。蝉がうるさい。(^o^)。で、なんとか山頂に到達してみると、木の枝の隙間から「大」っぽい形が見える。山肌に、火床らしきものが作ってあるようだった。少し移動すると、また木の間から、今度は船っぽい形が見える。なるほどなるほど、最高の送り火鑑賞ポイントですら、こんな感じで、いっぺんに全部見えるワケじゃないンだな。納得。これじゃ、わずかな「木の枝の隙間ポイント」の取り合いとなるだろうから、船岡山の、さらに極一部のポイントのみ、オシクラマンジュウ状態になるだろうな。

さらに移動すると、さっきの「大」よりハッキリとした「大」(こっちがいわゆる、如意ヶ岳の方だな。とすると、さっきのは「左大文字」かな?)や、「妙」らしきもの、「法」らしきものも見えた。見えたから・・・もう良しとしよう(^o^)。これ、明日の夜はスゲェと思うよ。だいたいわかったよ。だからもういいよ。(^o^)。

その後、千本通りを下りつつ、千本えんま堂に寄る。いや、スバラシイ。私はどちらかというと、憤怒相の四天王や明王等が好きなので、閻魔大王も好きで、あちこちのを見てきたが、さすがに期待を裏切ることなく、ここの閻魔大王は素晴らしい。しかも、庶民の信仰対象なので、拝観無料っていうのがイイ。ためらうことなく、お賽銭を投げ、手を合わせる。

それに比べて、次に寄った千本釈迦堂(大報恩寺)。定慶作の六観音や快慶作の十大弟子など、素晴らしい仏像を沢山所有しているにもかかわらず、それらは拝観料を取る宝物館に並べられており、すでに信仰の対象ではなく、一級の美術作品となってしまっていた。やはり仏像ってのは、お堂の中で、信仰の対象となっていてナンボ、のものだと思う。
きちんとした形で保存しなければならないってのもわかるけど・・・もちろん秘仏になんかして欲しくはないけど・・・みんなが拝めて、しかも保存にも問題ないような技術は生み出されないもんですかね・・・。

注:素晴らしい閻魔像に、直接触れていただきたいので、敢えて写真はナシです。

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盆の京 : 六斎念仏

盆の京 : 六斎念仏
ホテルに戻って汗を流した後、夕方からもう一度出かけた。出かけた・・・と簡単に言ったが、実は簡単にはいかないワケで、まず7〜8分歩いてレンタサイクルを得なければならないのだから、結構メンドウである。しかも、さっき行ったばかりの千本えんま堂まで、約30分の道のりを逆戻りしようって言うんだから、なかなか根性がいる。せっかく汗を流したって、またたちまち汗だくである。そんな思いをしてまで千本えんま堂へ向かったのは、今日がまさにこの地区の六斎念仏(千本六斎)の奉納の日だからからであった(^o^)。

写真ではなかなか雰囲気が伝わりませんが・・・狭い境内の一郭に特設ステージが作られ、客も結構集まってきていた。六斎念仏とは、「空也上人」が始めた「踊り念仏」をルーツとしており、昔ながらの宗教的行事としての「念仏踊り系」と、能や狂言などを取り入れつつ、庶民の娯楽として進化した「芸能系」とがあるらしい。ここ千本えんま堂で行われるのは、芸能六斎である。

まぁ、どこの伝統芸能でも悩みは一緒であって、要するに「後継者不足」なのである。地元の中学生に無理矢理(兵役のごとく)やらせているパターンも、田舎の方ではよく耳にするが、ここはさすがに京都市内、その気になってくれさえすれば、人はいくらでもいるはずである。だからこの「千本六斎会」では、兵役式ではなく、「ひたすらお願い式」で人集めをしているようだった。それでも、茶髪っぽい青年がいたり、小学1年生の男の子がいたり、3歳の女の子がいたり・・・と、なかなか明るい未来を予感させる状況である。またこの3歳の女の子がなかなか芸達者であり、客席に手を振って愛嬌を振りまくたびに、会場はどっと盛り上がるのであった。(^o^)

内容はと言えば・・・初めのうち(初心者ステージ?)こそ「をいをい、大丈夫かい?」 とハラハラさせられたが、しだいに「芸」と言える出し物が出てきて楽しめた。1人で4つの太鼓を、かなりのハイテンポで演奏する「四つ太鼓」は、ウマイ人の演奏はウマイと思ったし、ちょっとやってみたい気がした。双子のごとくそっくりに見えるオネエサンたちが、長い布を振り回す、新体操の「リボン」のような「さらし」も、なかなかキレイで良かった。後半、いよいよ佳境に入ってきたところで獅子が登場。碁盤を3段に重ねた上に前足役の人が立ち、さらにその背中で、後ろ足役の人が逆立ちをする(のかな?)「碁盤獅子」などのオオワザは、なかなか感心したし、よくあるって言ったらそれまでなのだが、蜘蛛の巣玉(紙テープを丸めてあるのかな?)を投げるのも、目の前でみると、なかなかキレイで感動する。

ひとつの演目が終わってから、やたらと長い解説が入るのが、ちょっと間延びして厭きるのだが、これは進行役の方が「話好き」だからではなく、メンバー不足でお年寄りが多い関係上、息を整える休憩時間の役割を担っているらしい。確かに、小太鼓を振り上げ、振り下ろし、踊りながらの演奏であり、お年寄りにはかなりハードであろうと想像された。でも・・・こういうのってイイな。歳取っても、年に1度の公演に向けて、若者たちに教えつつ、一生懸命練習してるんだろうな。なんか、ハリのある老後って感じだよね。今日はこのあと、最高に美味いビールを飲むんだろうな。そして・・・この、「えんま堂千本六斎」を守り続けたお年寄りたちに対しては、えんま様の裁量も、きっと寛大であるに違いない。

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後日談:
ひょんなことから、フジテレビの主催する動画投稿サイト「Watch me TV」にメンバー登録してしまいました。(^_^;
このサイトを活用すれば、旅行記のブログに動画を貼り付けることもできるようです。ためしに、後継者不足という千本六斎会のCMを作ってみました。短時間でEazyな作りで申し訳ないのですが、ちょっとウケ狙いのCMとなっています。以下をクリックしてみて下さい。(^o^) ダブルクリックすると、watch me TV のサイトに飛び、もうすこし大きい動画が見られるようです。


Watch me TV に動画登録するにあたって、千本六斎会からの許可が必要ということで、連絡を取らせていただきました。快く承諾していただいた上に、こちらのページへのリンクもいただきましたので、こちらからもリンクさせていただきます。まぁこのブログを見る人自体が極めて少数であるだろうし、その中で六斎念仏に興味を持ち、千本六斎会にコンタクトを取ろう・・・なんて人は、限りなくゼロに近いと思われますが、「気は心」ってことで・・・。(^_^;

重要無形民俗文化財「京都の六斎念仏」千本六斎会の紹介サイト

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盆の京 : 至福!のあとに・・・

帰りは基本的に下り坂になるし、車も少なくなっていたので、20分程度で戻ってこられた。自転車を返し、ホテル近くのいつもの店に行くが、時間が遅いためか「準備中」の看板。仕方なく、ちょっとお洒落な隣の店に入る。ここで当然のごとく「生ビール」となるわけだ。喉が渇く間もないほど水分を取り続けた1日であったが、それでも体は乾いていたに違いない。ビールがウマイっ!(^o^)。

で、ここの「鯛のカルパッチョ」は絶品であったので報告しておこう。おなかが空いていたため、写真も忘れて食べてしまったのが失敗だったが・・・一言で言えば、タレがかかっていないのだ。野菜類とタマネギの上に鯛の切り身が載り、その上に食感の良い(最近ハヤリの?)揚げた麺類(太さから見て素麺だろうか?)が載り・・・で?、タレがかかっていないのだ。味はどうなっているのかというと、実は4mm角程度に刻まれた柔らかいゼリーがばらまかれており、それと一緒に食べると、カルパッチョ味(?)になるというわけだ。これはたいへんオシャレ。ただ・・・説明が無かったので、はじめ気づかず、「味無いぞ。タレかけ忘れたのかな?」 なんて無粋なことを考えてしまいましたけどね。(^_^;)

・・・と、そこまでは良かったんですが、このお店、最後にやってくれちゃいました。もう閉店ってことで、「先にお勘定を・・・」と促され、2060円の請求に1万と60円を自席で渡した記憶がハッキリあるのに、その後何の音沙汰もない。十数分後、仕方なく席を立ち出口に向かうと、悪びれもせず、「おおきにありがとさんでした・・・」と。もちろん文句を言って8000円取り戻しましたけどね。こっちが酔っぱらっていたら、そのままタダ取りされちゃってたわけであり、これは絶対にあってはならないマチガイでしょう。・・・ってわけで、せっかく美味しかったけど、もう行かない。(`へ')

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