« 京都、夏の定番 | トップページ | 四条通りを歩く »

2013/08/16

法然院法話

1376636922507.jpg
永観堂の方に向かってかなり歩いたんだけど、さっき法然院の境内で見た法話の立て札が気になり、結局また法然院に戻ってしまった。コケの草取り作業をしている方々は、まだ作業中。さっきと比べて、庭の景観もずいぶん変わった印象だ。

法話の会場に入ると、すでに10人程度の聴衆がいた。そこに住職が登場。ここのところ睡眠不足が続いていたし、職業柄人前で話すのは大丈夫なんだけど、人の話を聴いていると、たちまち眠気が襲ってくるという悪い癖が出て…。でも耐えましたよ。
(^_^;)
内容を要約するのも難しいのだが…仏教はそもそも、どうしたら楽に生きられるかという知恵を与える為のものだった。しかし、室町時代となり、庶民が普通に(ある意味ラクに)暮らせるようになると、そういう仏教は必要なくなった。そこで、地域の中で葬祭を扱う《先祖教》として、寺と僧侶は生き残ってきた。しかし、現代はまた《先祖教》も崩壊してきている。今後は、再び《生き方の知恵》としての仏教に変化していくのではないか。…という話だったろうか。
もうひとつ目からウロコだったのは、浄土宗の捉え方である。仏教の本来の教えは、「こだわりを捨てよ」ということなのだが、法然や親鸞は、それを諦めるところから始めたのではないかと…。「自分にはとてもこだわりを捨てるなんて無理だ。そもそも人間はこだわる生き物だ。ならばこだわりを捨てるのではなく、といってこだわりをぶつけ合うのでもなく、お互いのこだわりを認め合っていくという方向で生きていけないものか…」というのが、住職の考える浄土宗なのだそうだ。まさにその方向は私が目指すところだが…それが浄土宗とは知らなかった。浄土宗にはほとんど興味を持っていなかったが、少し知りたいと思い始めた。(^O^)
法話のあとの質問タイムがまた楽しかった。こんな所にわざわざ来ているだけあって、聴衆もなかなかに宗教に対する思い入れがあり、住職に対して攻め込む場面もあり…でもさすが住職、相手のこだわりも認めながらもスルリとかわし、しっかり自分の主張もする。なるほど、教えを実践していらっしゃる。(^O^)
なかなか良い体験をさせていただきました。法然院、観光寺院という感じじゃありませんが、だからこそオススメです。


|

« 京都、夏の定番 | トップページ | 四条通りを歩く »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 法然院法話:

« 京都、夏の定番 | トップページ | 四条通りを歩く »